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鳥山明の仕事場はなぜ解体?清須市の家と「鳥山ロード」の噂、記念館は

-8人に関する話題

「ドラゴンボールが生まれた鳥山明さんの仕事場、取り壊されているって本当?」

ニュースを見て、そう驚いた人は多いはずです。

答えから言うと、本当です。愛知県清須市にあった鳥山明さんの自宅兼仕事場は、2026年10月から解体工事が進んでいます(毎日新聞)。

11月3日の報道では、すでに大部分が取り壊されているそうです。

黄色い外観の建物で、ファンの間では「聖地」として知られていました。

「世界中から人が来るのに、なんで残せないの?」と、モヤモヤしますよね。

この記事では、解体を決めたのはだれか、なぜ残すのが難しいのかを、報道と専門家の見方から、わかりやすくまとめます。

あわせて、よく検索されている「鳥山ロード」の噂の真相や、記念館はできるのかもまとめています。

読み終わるころには、ニュースの見出しだけではわからない事情が、すっきりわかるはずです。

この記事のポイントは以下の4点です。

  • 仕事場は清須市の自宅。2026年10月に解体が始まった
  • 取り壊しは家族が決めたと、市長はみている
  • 住宅街なので記念館は難しかった、と元アシスタントは話す
  • 「家の前から空港まで道路ができた」は都市伝説

 

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鳥山明の仕事場はなぜ解体?清須市の自宅とバードスタジオの今

  • 鳥山明の仕事場はどこ?清須市の黄色い建物
  • 鳥山明の仕事場はなぜ解体された?市長「家族が決めた」とみる
  • 鳥山明の自宅はなぜ残せない?住宅街と行政の壁
  • 鳥山明の聖地巡礼はしていい?住宅街で気をつけたいこと

鳥山明の仕事場はどこ?清須市の黄色い建物

窓辺の机に置かれたペンとインク、白い原稿用紙

鳥山明さんの仕事場は、愛知県清須市にありました(毎日新聞)。

清須市は、鳥山さんの出身地です。

鳥山さんは長いあいだ、市内の自宅を仕事場にしていました。

つまり、家と仕事場がいっしょだったんですね。

建物は黄色の外観が目印で、地元の人やファンの間では「聖地」として有名でした。

鳥山さんの会社「バード・スタジオ」(バードスタジオ)も、この建物に置かれていました。

そのバード・スタジオは、2026年8月に清須市から東京へ移りました(毎日新聞)。

会社がなくなったわけではなく、なくなるのは建物です。

会社が移ったあと、残った建物がどうなるのか注目されていました。

そして10月に、取り壊しの工事が始まったという流れです。

ちなみに「清洲市」と書かれることもありますが、市の名前は「清須市」です。

2005年に3つの町が合併して生まれた市です(中日スポーツ)。

なお、ここは住宅街にある個人の家なので、この記事では細かい場所は書きません。

 

鳥山明の仕事場はなぜ解体された?市長「家族が決めた」とみる

締め切りに追われる漫画家のイラスト

鳥山さんは、2024年3月1日に68歳で亡くなりました(デイリースポーツ)。

解体の工事は、それから2年半ほどたった2026年10月に始まりました。

では、だれが取り壊しを決めたのでしょうか。

清須市の永田純夫市長は、毎日新聞の取材にこう答えています(毎日新聞)。

「取り壊しは鳥山先生のご家族によって決定されたものと拝察する」

「拝察する」は、「そうだろうと思います」という意味です。

市が決めたのではなく、家族が決めたことだと、市はみているわけですね。

市は家族の気持ちを大事にして、静かに工事が終わるのを見守るそうです。

家族が、なぜ取り壊すと決めたのか。

その理由は、どこからも発表されていません。

鳥山さんが亡くなったときも、葬儀は近しい家族だけで行われました(デイリースポーツ)。

家族の判断は、そっと受け止めたいところです。

 

鳥山明の自宅はなぜ残せない?住宅街と行政の壁

住宅街のイラスト

「ファンのために、記念館にすればいいのに」と思った人もいるでしょう。

でも、そう簡単ではないようです。

鳥山さんの元アシスタントで、イラストレーターのまつやまたかしさんは、こう話しています(毎日新聞)。

「住宅街なので博物館にするというのも難しかったと思うし、仕方ない」

「鳥山さんの作品のほとんどはそこから生まれている」とも、自分が働いた場所でもあるので悲しい、とも語っています。

そばで働いていた人の言葉だけに、重みがありますね。

 

サブカル専門ライターの河村鳴紘さんは、市や町が建物を残す場合の問題をあげています(Yahoo!ニュース エキスパート)。

わかりやすく言うと、次のようなことです。

壁 どういうこと?
人が集まりすぎる 観光客が集まりすぎる問題を解決しないといけない
税金がかかる 税金を使うことになる
仕事が増える 建築基準法や消防法の決まり、人の流れ、トラブルへの対応で、市の仕事が増える

ふつうの家を、たくさんの人が入る施設にするには、建築基準法や消防法の決まりを満たす必要があります。

しかも、まわりは人が住む家ばかりです。

見学の人がひっきりなしに来ると、地域ともめることもあります。

河村さんは、埼玉県久喜市の鷲宮のように、地域の理解を得てうまくいった例もあると書いています。

一方で河村さんは、日本は国としてアニメや漫画に力を入れると言っているのだから、こうした場所を残すためのお金や決まりがあってもいい、とも書いています。

残念がる声と、家族の考えを大事にする声。

どちらの気持ちも、よくわかりますね。

 

鳥山明の聖地巡礼はしていい?住宅街で気をつけたいこと

聖地巡礼をする人たちのイラスト

行くなら、工事の現場や近所の家には近づかないのが鉄則です。

近所に住む60代の女性は、「外国人もよく見に来ていた」と話しています(毎日新聞)。

「市のシンボルだったのでもったいない」とも話していました。

また、「穏やかな先生で動物がすごく好きだった」と、鳥山さんとの思い出も語っています。

それだけ、国の外からもファンが訪ねてくる場所だったんですね。

ただ、ファンが訪ねることで、地元ともめることがあるのも事実です。

河村さんも、聖地巡礼で地域とトラブルになる例があると書いています(Yahoo!ニュース エキスパート)。

解体の工事中は、なおさらです。

工事の現場に近づいたり、近所の家を写真に撮ったりするのは控えましょう。

市長も「静謐(せいひつ)な環境で」、つまり静かに工事が終わってほしいと話しています。

 

 

鳥山明と清須市の関係は?「鳥山ロード」の噂と記念館

  • 鳥山明の記念館やミュージアムはある?
  • 鳥山明の自宅前の道路「鳥山ロード」は本当?
  • 鳥山明と清須市のつながりは?20周年の記念ロゴ
  • 鳥山明の仕事場は残せた?トキワ荘、赤塚不二夫、藤子・F・不二雄の例

鳥山明の記念館やミュージアムはある?

白い壁に額が並ぶ、静かな展示室

「鳥山明 記念館」「鳥山明 ミュージアム 愛知県」と検索する人も多いです。

2026年11月3日の時点で、清須市や関係する会社から、記念館を作るという発表は見当たりません。

市長のコメントも、家族の気持ちを大事にして工事を見守る、というものでした(毎日新聞)。

新しい発表が出たら、清須市やドラゴンボールの公式の知らせで確かめるのが安心です。

 

鳥山明の自宅前の道路「鳥山ロード」は本当?

「鳥山明 自宅 道路」「鳥山明 清須市 道路」という検索も目立ちます。

これは、昔からある「鳥山ロード」という都市伝説のことです(FRIDAYデジタル)。

噂の中身は、こんな話です。

鳥山さんは愛知県から、原稿を飛行機の便で東京へ送っていました。

空港まで原稿を届けるのが大変で、東京へ引っ越すことを考えた。

すると、たくさん税金を納める鳥山さんに出ていかれては困ると、地元が家の前から空港まで一直線の道路を作った……。

結論から言うと、これは作り話です。

鳥山さんと仲がよかった漫画家の桂正和さんが、2022年11月のYouTube番組「初耳会談」で、「あんなもん嘘に決まってるじゃないですか!」と、あっさり否定しています(FRIDAYデジタル)。

本当は、徹夜明けでフラフラになりながら、鳥山さん自身が車を運転して空港まで原稿を届けていたそうです(FRIDAYデジタル)。

集英社が鳥山さんを「鳥山アイランド」という島で仕事させていた、という噂もありますが、これもデマだと桂さんは話しています(FRIDAYデジタル)。

表に出てこない人だったからこそ、こうした大きな噂が広まったのかもしれませんね。

 

鳥山明と清須市のつながりは?20周年の記念ロゴ

鳥山さんは、亡くなる直前まで、清須市の仕事もしていました。

それが、清須市の市制20周年の記念ロゴです(中日スポーツ)。

市にゆかりのある戦国武将、織田信長を思わせるキャラクターを、鳥山さんが描きました。

お披露目は2024年1月で、鳥山さんが亡くなるわずか2か月ほど前のことです。

市長は追悼のことばで、「つい先日、本市20周年記念ロゴを描き下ろしていただいたばかり」とふり返っています。

市は2024年7月5日から、このロゴを使って20周年のPRを始めました(広報きよす 2024年8月号)。

そして2025年7月に、清須市は20周年を迎えています。

建物はなくなっても、このロゴには、鳥山さんと清須市のつながりが残っています。

 

鳥山明の仕事場は残せた?トキワ荘、赤塚不二夫、藤子・F・不二雄の例

博物館の建物のイラスト

漫画家の仕事場や家が、どうなってきたのか。

ほかの例を見ると、鳥山さんの仕事場のことも見え方が変わります。

場所 どうなった?
トキワ荘(東京都豊島区) 手塚治虫さんたちが住んだアパート。1982年に取り壊され、2020年に建物を再現したミュージアムができた
青梅赤塚不二夫会館(東京都青梅市) 古い蔵を生かした記念館。建物が古くなり、2020年3月31日で閉館した
藤子・F・不二雄ミュージアム(川崎市) 作者が住み、描き続けた川崎市多摩区に、2011年に新しく建てられた

(出典:Time Out Tokyo、おうめ通信、藤子・F・不二雄ミュージアムのお知らせ)

トキワ荘は、取り壊されてから38年後に、写真や資料をもとに建物を再現しました。

そのトキワ荘マンガミュージアムは、開館5年で21万人をこえる人が訪れています(豊島区の発表)。

一方で、赤塚不二夫さんの記念館のように、できたあとに閉じた例もあります。

藤子・F・不二雄ミュージアムは、家そのものではなく、ゆかりの町に新しく建てた施設です。

つまり、本物の家を残さなくても、作品を伝える場所は作れるということですね。

鳥山さんの場合も、これからどんな形で作品が伝えられていくのか、見守りたいところです。

 

まとめ

鳥山明さんの仕事場の解体について、まとめます。

  • 鳥山明の仕事場はどこ?清須市の黄色い建物
  • 鳥山明の仕事場はなぜ解体された?市長「家族が決めた」とみる
  • 鳥山明の自宅はなぜ残せない?住宅街と行政の壁
  • 鳥山明の聖地巡礼はしていい?住宅街で気をつけたいこと
  • 鳥山明の記念館やミュージアムはある?
  • 鳥山明の自宅前の道路「鳥山ロード」は本当?
  • 鳥山明と清須市のつながりは?20周年の記念ロゴ
  • 鳥山明の仕事場は残せた?トキワ荘、赤塚不二夫、藤子・F・不二雄の例

鳥山明さんの自宅兼仕事場は、愛知県清須市にありました。

2026年10月に解体が始まり、11月にはほとんど取り壊されています。

市長は、取り壊しは家族が決めたことだとみています。

住宅街の個人の家なので、記念館にするのは難しかったようです。

会社のバード・スタジオは、8月に東京へ移っています。

記念館を作るという発表は、今のところありません。

「家の前から空港まで道路ができた」という鳥山ロードの話は、都市伝説です。

建物はなくなっても、ドラゴンボールやアラレちゃんは、これからも読みつがれていきます。

久しぶりに、単行本を開いてみるのもいいかもしれませんね。

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