2026年のノーベル平和賞は、南アフリカ出身のナビ・ピレイさんに決まりました(ノーベル賞公式「プレスリリース」)。
85歳の女性で、もとは国連の人権のトップだった人です(毎日新聞「85歳、受賞時年齢は2番目に高齢」)。
「ピレイさん?だれ?」
ニュースを見て、そう思った人も多いんじゃないでしょうか。
ナバネセム、ナビ、ナヴィと、名前の書き方もばらばらですよね。
国際刑事裁判所や国際司法裁判所と言われても、違いがよくわかりません。
でもじつは、ピレイさんのやってきたことは、ひと言でいえます。
「戦争で人をひどい目にあわせた人を、きちんと裁く」道を広げてきた裁判官です。
しかも、日本の外務省に招かれたこともあるんです。
この記事では、ピレイさんがどんな人で、なぜ選ばれたのかを、ノーベル賞の公式の発表からやさしく話します。
ニュースではわかりにくい裁判所の違いや、日本とのつながりも紹介しますね。
この記事のポイントは以下の4点です。
- ナビ・ピレイさんは1941年生まれ、南アフリカ出身の85歳の裁判官
- 受賞理由は「平和と国際法を広めるための努力」
- 世界で初めて、国際的な裁判でジェノサイド(集団殺害)の罪を裁いた裁判に加わった
- 2010年には、国連の人権のトップとして外務省に日本へ招かれている
ナビ・ピレイは誰?ノーベル平和賞2026の受賞理由と経歴、名前の読み方
- ナビ・ピレイは誰?南アフリカ出身の85歳の裁判官
- ナビ・ピレイの名前の読み方は?ナバネセムとナビは同じ人
- ノーベル平和賞2026の受賞理由は「平和と国際法の推進」
- ナビ・ピレイの経歴、アパルトヘイトと闘った弁護士から国際裁判の判事へ
ナビ・ピレイは誰?南アフリカ出身の85歳の裁判官

ナビ・ピレイさんは、南アフリカの法律家です。
生まれたのは1941年9月23日、南アフリカの東のほうにある港町ダーバンです(ノーベル賞公式「ナビ・ピレイの基本データ」)。
インドのタミル系の家庭で育ちました。
今は85歳です。
平和賞をもらう人の中では、かなりの年長さんなんです。
受賞が決まったときの年齢では、1995年に86歳で受賞したロートブラットさんに次いで、2番目に高いそうです(毎日新聞「85歳、受賞時年齢は2番目に高齢」)。
今回は、ピレイさん1人での受賞です(ノーベル賞公式「ナビ・ピレイの基本データ」)。
2026年の賞金は、1つの賞につき1200万スウェーデン・クローナと決められています(ノーベル賞公式「賞金」)。
ナビ・ピレイの名前の読み方は?ナバネセムとナビは同じ人

読み方は「ナバネセム・ピレイ」です。
ふだんは「ナビ・ピレイ」と呼ばれています。
ニュースによって名前の書き方が違いますが、ぜんぶ同じ人です。
正式な名前が「ナバネセム」で、「ナビ」はその呼び名なんです。
ノーベル賞の公式のページにも、Navanethem “Navi” Pillay と、呼び名を ” ” でくくって書いてあります(ノーベル賞公式「ナビ・ピレイの基本データ」)。
日本の新聞でも、書き方はいろいろです。
読売新聞や毎日新聞は「ナバネセム・ピレイ」、時事通信は「ナビ・ピレイ」と書いています(読売新聞「平和賞に元ICC判事ナバネセム・ピレイ氏」、時事通信「平和賞にピレイ元国連人権弁務官」)。
産経新聞は「ナヴィ・ピレイ」です(産経新聞「平和や国際法への貢献評価」)。
さらに外務省は、2010年の発表で「ナヴァネセム・ピレー」と書いていました(外務省「ナヴァネセム・ピレー国連人権高等弁務官の来日」)。
昔の記事を調べるときは、「ピレー」でも探してみてくださいね。
ノーベル平和賞2026の受賞理由は「平和と国際法の推進」
受賞理由は、ひと言でいうと「平和と国際法を広めるための努力」です(ノーベル賞公式「ナビ・ピレイの基本データ」)。
もう少しかみくだくと、こうです(ノーベル賞公式「プレスリリース」)。
ピレイさんは、戦争犯罪をきちんと裁けるようにしてきました。
ふつうの人をねらった残酷な罪や、ジェノサイドも同じです。
そのことが、高く評価されました。
ノーベル委員会は、今の世界を心配しています。
戦争や争いが、ここしばらくなかったほど増えているからです。
国と国の決まりごとである「国際法」も、強い国の力に押されています。
だから委員会は、「平和には正義が必要だ」と、はっきり書きました。
国際法は、もう平和のおまけではなく、なくてはならないものだ、とも言っています。

ナビ・ピレイの経歴、アパルトヘイトと闘った弁護士から国際裁判の判事へ

ピレイさんが育ったころの南アフリカには、アパルトヘイトがありました。
肌の色で人を分けて、差別する決まりです。
ピレイさんは弁護士になり、この差別と闘いました(ノーベル賞公式「プレスリリース」)。
のちに大統領になるネルソン・マンデラさんたちの弁護も、引き受けています。
1967年には、自分の法律事務所を開きました(ノーベル賞公式「ナビ・ピレイの基本データ」)。
1980年代にはアメリカのハーバード大学で学び、1988年に法学の博士になっています。
そして1995年に、南アフリカの高等裁判所の判事になりました。
そこから先は、世界の舞台です。
ルワンダ国際戦犯法廷の判事と所長、国際刑事裁判所(ICC)の判事を務めました。
2008年から2014年までは、国連人権高等弁務官です。
国連で人権を守る仕事の、いちばん上の人ですね。
2021年から2025年までは、パレスチナの占領地を調べる国連の委員会で、委員長を務めました。
そして2019年からは、国際司法裁判所(ICJ)の臨時の判事です。
ミャンマーがジェノサイドの疑いで訴えられている裁判を担当しています。
85歳の今も、現役なんです。
ナビ・ピレイの功績と日本とのつながり、ICCとICJの違いもわかりやすく
- ナビ・ピレイの功績、世界で初めてジェノサイドを裁いた裁判
- ナビ・ピレイの国連人権高等弁務官時代、「あなたも人権擁護者に」
- ICCとICJの違いは?ピレイさんが判事を務めた2つの国際裁判所
- ナビ・ピレイと日本のつながり、2010年の来日とICCの赤根所長
- ナビ・ピレイの受賞の反応、「冗談に違いない」とトランプ氏へのジョーク
ナビ・ピレイの功績、世界で初めてジェノサイドを裁いた裁判

ピレイさんのいちばん大きな仕事は、ルワンダ国際戦犯法廷での裁判です。
ルワンダでは1994年に、ジェノサイド(集団殺害)が起きました。
その責任者を裁くために、国連が作った裁判所です。
ピレイさんは1995年5月から判事を務め、1999年5月には所長に選ばれました(ルワンダ国際戦犯法廷「元所長が国連人権高等弁務官に」)。
そして、歴史に残る裁判に、いくつも加わっています。
ひとつは、アカイェス事件です。
これが、国際的な裁判所がジェノサイドの罪を裁いた、世界で初めての判決になりました。
しかもこの裁判では、性暴力も、ジェノサイドの行いとして裁かれたんです。
それまでにない、新しい考え方でした。
同じ裁判では、もうひとつ「初めて」がありました(ノーベル賞公式「プレスリリース」)。
人を殺すようけしかける宣伝を広めただけで、ジェノサイドをそそのかした罪に問われたんです。
こんな裁かれ方は、このときが初めてでした。
自分の手で人を傷つけていなくても、責任をとらされるということですね。
ほかに、カンバンダ事件という裁判もあります(ルワンダ国際戦犯法廷「元所長が国連人権高等弁務官に」)。
当時のルワンダの首相が、有罪になりました。
国際的な裁判所が、政府のトップを有罪にした初めての例です。
ナビ・ピレイの国連人権高等弁務官時代、「あなたも人権擁護者に」
ピレイさんは、国連人権高等弁務官だったころ、はっきりものを言う人として知られていました(毎日新聞「あなたも人権擁護者に」)。
2008年には、「抑圧には立ち向かうことができ、最終的には打ち破れる」と話しています。
2014年には、シリアの内戦で国連の安全保障理事会がまとまらないことに、「深い失望」を表しました。
いちばんよく知られているのは、2011年の「国際人権デー」の言葉です。
「人権擁護者になってください」。
見ているだけの人にならず、どんな小さなことでも行動してほしい、とよびかけました。
それが、あなた自身の人権を確かめることにもつながる、と。

パレスチナのガザ地区のことも、長く発言を続けてきました(毎日新聞「あなたも人権擁護者に」)。
2025年9月には、委員長を務めた国連の調査委員会で、イスラエルのガザでの行いをジェノサイドと認めています(毎日新聞「過去にガザのジェノサイドを認定」)。
いっぽうイスラエルは、ハマスの攻撃を受けての自衛の戦いだという立場です。
ICCとICJの違いは?ピレイさんが判事を務めた2つの国際裁判所

ニュースには、ICCとICJという2つの裁判所が出てきます。
どちらもオランダのハーグにあって、名前もそっくりです。
でも、裁く相手がまったく違います。
ICCは「国際刑事裁判所」です(外務省「フォン・ヘーベル国際刑事裁判所書記の訪日」)。
裁くのは、国ではなく「人」です。
ジェノサイドや、人道に対する罪、戦争犯罪をおかした個人を、裁いて罰します。
2002年にできた、初めての常設(ずっと置かれている)国際刑事裁判所です。
日本は2007年10月に、105番目の加盟国になりました。
ICJは「国際司法裁判所」です(国際司法裁判所「裁判所について」)。
こちらは国連の裁判所で、裁くのは「国と国のもめごと」です。
国が持ちこんだ争いを、国際法にそって解決します。
判事は15人で、任期は9年です。
つまり、ピレイさんは「人を裁く裁判所」と「国と国の争いを解く裁判所」の両方で判事を務めたことになります。
ICCは人を裁く、ICJは国どうしの争いを解く、と覚えておくとわかりやすいですよ。
ナビ・ピレイと日本のつながり、2010年の来日とICCの赤根所長

ピレイさんは、国連人権高等弁務官だった2010年に、外務省に日本へ招かれています(外務省「ナヴァネセム・ピレー国連人権高等弁務官の来日」)。
5月12日から15日まで、外務省のお客さんとしての来日でした。
外務省の発表では、当時の鳩山由紀夫総理大臣をたずね、岡田克也外務大臣たちと人権の問題について話し合う予定でした。
人権高等弁務官になってから、初めての日本です。
今回の受賞には、日本人のICC所長もお祝いの声明を出しました。
ICCの所長は、日本の赤根智子さんです(時事通信「赤根ICC所長、国際司法の重要性認められた」)。
赤根さんは、ピレイさんが2003年から08年までICCの判事だったことにふれました。
そして、「国際司法が恒久的な平和の礎として果たす極めて重要な役割が認められたことを意味する」と声明を出しています。
ちなみに、日本の高校生が核兵器をなくそうとよびかける「高校生平和大使」は、毎年、国会議員などの推薦で平和賞の候補にエントリーしてきました(テレビ新広島「高校生平和大使は候補者エントリーできず」)。
でも今年は、そのエントリーができていませんでした。
代表が代わり、事務所を長崎から東京へ移したときに、引き継ぎがうまくいかなかったそうです。
来年からは、いつもどおり行う予定だということです。
ナビ・ピレイの受賞の反応、「冗談に違いない」とトランプ氏へのジョーク
発表のとき、ノーベル委員会はピレイさんと連絡がとれていませんでした(毎日新聞「ノルウェー番号の電話出て」)。
委員長は記者会見で、「ノルウェーの番号から電話がかかってきたら、ぜひ出てください」とよびかけています。
ちょっとほほえましいですよね。
イギリスのBBCによると、ピレイさん本人は、まず「冗談に違いない」と言ったそうです(毎日新聞「平和賞のピレイ氏が即興スピーチ」)。
そして、「弁護士であり判事である以上、この件はしっかり検証したい」。
さすが、裁判官らしい答えです。
ドイツのニュルンベルクでは、集まった人たちが立ち上がって拍手を送りました(AFP=時事「トランプ氏と賞を分け合うとジョーク」)。
そこでピレイさんは、「もう少し拍手してくれたら、この賞をトランプ氏と分かち合うかもしれない」と笑わせています。
アメリカのトランプ大統領は、自分こそ平和賞にふさわしいと言いつづけていたんです。
共同通信によると、ピレイさんは「仲間とこの瞬間を共有でき、意義深い」とも話しています(共同通信「ノーベル賞決定、意義深いとピレイ氏」)。

まとめ
まずは、ナビ・ピレイは誰か、ノーベル平和賞2026の受賞理由と経歴、名前の読み方のおさらいです。
ナビ・ピレイは誰?の答えは、1941年生まれ、南アフリカ出身の85歳の裁判官です。
ナビ・ピレイの名前の読み方は「ナバネセム・ピレイ」で、ふだんは「ナビ」と呼ばれています。どちらも同じ人です。
ノーベル平和賞2026の受賞理由は、「平和と国際法を広めるための努力」です。
ナビ・ピレイの経歴は、アパルトヘイトと闘った弁護士から始まって、国際裁判の判事、国連人権高等弁務官へと進みました。
次に、ナビ・ピレイの功績と日本とのつながり、ICCとICJの違いです。
ナビ・ピレイの功績でいちばん大きいのは、世界で初めてジェノサイドを裁いた、ルワンダ国際戦犯法廷の裁判に加わったことです。
ナビ・ピレイの国連人権高等弁務官時代には、「あなたも人権擁護者に」とよびかけました。
ICCとICJの違いは、ICCが人を裁いて、ICJが国と国の争いを解く、というところです。
ナビ・ピレイと日本のつながりは、2010年に外務省に招かれたことと、ICCの赤根所長からのお祝いです。
ナビ・ピレイの受賞の反応は、「冗談に違いない」のひと言と、トランプ氏へのジョークでした。
ICCとICJの違いがわかると、これからの国際ニュースもぐっと読みやすくなりますよ。


