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尾畠春夫さん。2歳児を見つけた「ボランティアのプロフェッショナル」 から学ぶこと

尾畠さんがプロフェッショナルと言われる理由

行方不明2歳児を見つけた尾畠春夫さんは、報道直後からプロフェッショナル・ボランティアと言われています。

尾畠さんがプロフェッショナルと言われる理由はなんでしょうか。

それは、次の三つからではないかと考えられます。

長いボランティア歴で身につけた高度な知識と技術

参加して40分で見つけた成果は、長いボランティア歴から身につけた知識でした。

「子どもは上に登る」

この経験が、今回そのまま生きたのでした。

もちろん様々な状況により子どもの行動は様々に変わるものですが、「この場合には、こう」と思考を整理して適切な行動を選択することができたのは、長くて豊富な経験からだと言えます。

2日後にはすぐに広島のボランティアに向けて旅立つ。

そのような姿勢がプロフェッショナルといわれる所以なのでしょう

ボランティアについての考え方

尾畑さんは決して褒賞を受け取らない。

受け取ったらボランティアではないと考えています。

「ボランティア失格」と。

だんだん心が弱っていく被災者に、「朝は必ず来る」と声をかけ続ける。

ボランティア先で褒賞どころか、生活していくためのもの一切を求めない。

東日本大震災で多くの日本人が学んだことですが、尾畑さんは,すでに500日もの間、被災地に全く迷惑をかけず、食料も寝るところもすべて自分で探し、用意してボランティアをつづけられています。

ボランティアのためには、日本中何処へでもいくというその考えと行動は、プロの警察、消防隊、救助隊そのものです。

ボランティアへの準備

尾畠さんのプロフェッショナルなボランティアを支える準備を見てみましょう。

今回も、車中泊の準備をしてこられていました。

また、食料も自分で食べる分はちゃんと持ってこられています。

着ている服は、見つけられやすいように赤色。自分が遭難したりして迷惑をかけてはなりません。

要は、ボランティア先で、現地の人にあれこれ頼みごとをしなくて済むように、すべてを自己完結できるような準備です。

尾畠さんから学べること~

自分のスタイルを持つ

揺らぎのない自分の流儀を持つということは人を動かすものですね。

人はこう言っても、私はこの街を進む。

被災地に迷惑をかけないようにすべての準備をして訪れ、自己完結でボランティアをおこない、褒賞は受け取らない。

「褒賞を受けだったらボランティとは言えない」ということばは、時間が経つと一人歩きして、今度は責められかねないほどの力を秘めた言葉です。

ブレない自分の柱がないとなかなか言えることではありません。

自分のスタイルを持つと言うことは、自分の経験から身につけたことへの自信からくるのですね。

自分の力を信ずる

これまでの経験がいくらあっても,今回は通用しないかもしれない。

これまでの子どもがいくら上に上ったとしても,今回もそうとは限らない。

しかし,この状況の中でやはり,これまでの経験から上を探す方を選ぶ。

ここにはれっきとした自信があります。

行動する

そしてやっぱり行動するということです。

あれこれ言う人より、行動で成果を見せる人の言葉には思いものがあります。

尾畠さん以外のボランティアや捜索隊の方々の仕事

発見の後、なんらかの報道の中で、これまで一生懸命に探索に携わってきた人たちの努力、能力を揶揄するようなものが見られました。

「やる気があったのか」というような言葉を浴びせるtweetもありました。

尾畠さんはスーパーヒーローではないし、本人もそう言われることを望んではおられないと思います。

その尾畑さんを持ち上げて、他の方々を貶めるようなことは、尾畑さんご本人も望んではいないでしょう。

探索技術にかけては尾畑さんが上だったということだけですので、他の方々は、今回のことを経験として今後の探索活動のための技術を向上させることができたのです。

また、このようなことが起こったら、頼りになるのは探索して下さる方々ですなで、感謝の心は持たなければならないと思います。

また、尾畠さんだけにカメラを向けることもいかにも報道過多であり,他のボランティアの方のはたらきをあまり見ていないかのような印象を受けますね。

私は,下の方のような警察へのねぎらいのTweetはいいなと思います。

ボランティアは無償でなければならないのか?

今回、徹底した尾畑さんの褒賞の断りっぷりが様々なメディアで称賛されています。

また、かわりに栄誉賞を与えてほしいなど、なんとか尾畑さんのはたらきに報いたいという考えの方も大勢おられます。

徹底した無償という理由で手放しに称賛している人が多いし、報道の仕方もそこを強調しているかのように見えます。

この点、日本人はこういうことがあったら「美談」に結びつけて考えてしまい、、それを手放しで持ち上げる傾向があるので少し気をつけたいところです。

そして、もっと気をつけなければならないことは二つあります。

ひとつは、有償ボランティアをよくないこと、欲がある人であるかのような見方をしたり、「あなたも報酬を返却したらどうですか」などのお節介を始めてしまったりすることです。

尾畠さんは、あくまでもそれは自分の流儀だと言っておられます。

自分の流儀が正しいのだとは思われていないのです。

見方を変えると,褒賞をいただくのは、あげたいという人の気持ちを汲むことでもあります。

私なら、お食事をしていってほしい、お風呂に入ってほしいという申し出を受けたら、その方の意を汲んで、いただくかもしれません。

それが間違いであることはありません。

どちらが良いとか賞賛に値するなどということではないでしょう。

美談は見ていて嬉しいものですが、同時に「それなのに褒賞をもらったあなたという人は・・・」という考え方をしないようにすることが私たちの知恵であるように思います。

尾畠さんの尊い行動を見て、私もそうでなければならない、褒賞をもらった私は良くない人間だ、などのように思わなくてもいいということです。

また,日本中が、ボランティアは無償であるべきだ、という考え方にならないように祈ります。

逆に言えば、ボランティアという言葉により無償で働かせたい人はたくさんいて、その人たちを喜ばせることにもなりかねませんから。

本当に↓

二つ目は、ヒーローに祭り上げられた人は、祭り上げたものたちから落とされることを何度も見てきたということです。

尾畠さんの素晴らしさを報道、紹介してお金を得ている人たちが、それが飽和すると、今度はスキャンダル探しを始め、過去のこんなこと、あんなことなどのどうでもいいことを暴き立ててお金を得ようとし始めることに、私たちはしっかりと備えておきたいものです。

何か言い出す人やメディアがでてきたら、「ほらやっぱり」と想う心の準備をしておきたいものです。

実際,土地の人たちによる悪い噂

尾畑さんがさっさと広島に行ってしまったのも、できるだけ早く宮廻に群がって自分をヒーローに祭り上げようとする人の前から姿を消そうと望む姿なのかよしれませんね。

大分県から表彰

その尾畠さんですが、11月3日に、大分県から表彰されました。

おめでとうございます

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